いじめについての回想

大津市の中学生が自殺をしたことで、いじめが話題になっている。

小学校の記憶が蘇った。私は担任からいじめられていたのかもしれない。

私の通った小学校は、都内の住宅地にある区立校だった。並外れたお金持ちもヤンキーも住んでいない町の学校だった。通う生徒も普通の子が大半を占めた。少なくとも私の学年にひどいいじめはなかった。ただ、「いじめ」という言葉があった。どうしてだか、学校は「いじめ」に敏感だった。

1学年2クラス。2年毎にクラス替えがあったが、70数名のメンバーで6年間過ごすものだから、学年は皆知り合いで、雰囲気も悪くなかった。ただ、あぶれる子がいたのも事実だった。背の低い女の子だった。変わった子で、いつもひとりでいるか、もうひとりの変わった子と一緒にいるかしていた。クラスの女子グループにはいなかった。みんなの輪に入らなかったのか、入れてもらえなかったのか、今では誰にもわからない。

彼女と同じクラスになったのは高学年のときだった。やはりクラスの輪にその子はいなかった。隣のクラスの仲良しといつもふたりでいた。一瞬、教室の中に恋人を作っていた（ませていた）。女子グループに、彼女を仲間はずれにしている意識はなかった。誘いもしなかったが、来もしなかった。たぶん皆そういう認識でいた。彼女がどう思っていたかはわからない。

担任は40代の女性だった。「ひとりだけクラスの女子グループに入っていない子がいる」というのは、担任にとっては由々しき事態のようだった。

クラスの中の人間関係に担任はどれだけ関われるのだろう。学級会の時間にはいつも「女子は陰険だ」というようなことを言われた。「うちのクラスはどうしようもない」と何度も何度も言われた。それで事態が変わるはずもなく、私たちはそのまま卒業した。男子生徒の保護者からはいい評判だったらしい。「あの先生はいじめの芽を摘んだ」と。

私が担任からいじめられていたのかもしれないというのは、それとはまったく異なる文脈での話だ。

私は勉強のできる子だった。5年生の冬に自分でもそれを確信した。というか、自分の能力を相対評価できるようになった。このまま公立中に進むよりも、受験をしたほうがいいのだろう、と思った。両親からそれを勧められたおぼえはない。自分で「受験をしたい」と言い出し、5年生の春休みから日能研に通うことにした。

公立小学校の教師が中学受験生につらくあたるのはきっとどこででも見られる現象だ。学校で習うべきことを先に塾で習われると困るのかもしれない。単純に、生意気なのかもしれない。

私は人の話を聞かない生徒だった。小学校で受けた授業の記憶は一切ない。授業を舐めていたわけではない。ただぼんやりした子供だったのだ。この記憶すらないのはどうかと思うが、あるとき私は授業中に『ハリー・ポッターと賢者の石』を読んで怒られた。個人面談から帰ってきた母から聞いた。教師を見くびっていたのではないのだ。物語の続きが気になったから読んでいただけだ。それでも、授業内容をテストで聞かれればすべて答えられた。学力が問題の難易度を越えていたのだ。

いつごろから担任に嫌われ始めたかはわからないが、担任は明らかに私に厳しかった。私が唯一苦手だったのは体育だ。体育の授業で、晒し者にされるようなことが何度もあった。バスケットボールの試合で負けては怒られた。ドリブルができないことで叱咤される理由が最後までわからず、途中から仮病を使って保健室に行くことにした。たしかに微熱は出るのだ。

卒業アルバムでは、皆の夢を書いたページに、中学受験をした生徒たちが休んだ日付を入れられた。クラスメイトの説明のページでは、アンケートで一位になった項目を消された。「頭がいい人ナンバーワン」だったからだろうか。

教師も人間だ。生徒の好き嫌いくらいあるだろう（余談だが私の「ぼんやりしているのに大した苦労もせず人並み以上の成果物を出す」という長所は変わっていない。つまり、担任のような人間には嫌われ続けている。叩き上げで成長してきたような女性だ）。意図せず私にきつい態度をとってしまっただけなのかもしれない。幼い私の被害妄想だったのかもしれない。

そういえば、ひとりぼっちだった彼女が、毎晩うちに電話をかけてきたことがある。「算数の宿題を教えてほしい」というのだ。律儀に一週間くらい教えた。母が担任に報告して、どういう経緯か覚えていないが、電話はやんだ。あれは彼女なりのSOSだったのかもしれない。わからない。

「いじめ」は、当事者が「いじめ」だと認識していない範囲でも起きていることなんじゃないか。

いじめている側にもいじめられている側にも言えるような気がする。法に触れない範囲でのことなら、本当になにわからないし、なにも断言できない。ひとりぼっちの女の子がいたことも、担任からいじわるされていたことも、「いじめ」かどうかなんてわからない。私の小学校では誰も死ななかったが、少なくとも私は二度と担任には会いたくないと思っている。