ひとりぐらし記:1

週末に引っ越しをして一人暮らしをはじめた。

せっかくだからなるべく日記を書こうと思う。

引っ越した部屋は分譲マンションの1K。この春に出た大学から歩いて3分くらいのところにある。山手線の輪っかの内側にある町で、数万の学生を擁するわが大学の城下町…と思いきや、大きな通りをひとつ越えると緑豊かな川が流れ、静かな住宅街が広がり、小さな印刷工場が点在する。そのあたりに新居がある。

4年ほど通ったこの町に愛着がある。ただし、それだけで入居を決めたわけではない。日々の移動を自転車で行う私にとって、主要な道路が多く通り、また、都心へ出るのに大きな坂を経ずに済む、そして東京の西側にある実家にも帰りやすい、そういう便利な町はここ以外に考えられなかった。

引っ越し作業については自分のふがいなさしか感じなくてつらかったので割愛。
親は本当に偉大だ…。

住みたい町ランキングのたぐいでつねに1位の座に就いている町を、わざわざ出てまで一人暮らしをはじめた理由についても、賃貸契約を進めている途中あたりからよくわからなくなり、荷造りをする段階に至っては「なぜ一人暮らしなどというまったく必要性のないことをしようとしているのだろう」との思いが頭をもたげ、今まで続いているので、割愛。

ウズベキスタンに行ったことがあるのだが、そのときもまったく同じように心境が変化した。想像するに、結婚も同じふうになるような気がする。ウズベキスタンは本当に楽しかったしいい思い出であるが、また行きたいわけではない。

新居に着き、片づけがひと段落ついたのが15時。引っ越しそばとして油そばを食べに出かけた。収入に比して高い家賃を払うことになっている。きっと外食なんかそうそうできなくなるんだろうな…とブルーになる。学生街だけあって週末にランチ営業をする飲食店は少ない。人もまばらだ。

よく見知った町だが、生活者として眺めるとまったく別のものに目がいく。とはいえ、生活者としてのキャリアは1日なので、八百屋と肉屋を新たに見つけたくらいではあるが。そもそも生活者という言葉が何をさすのか、あいまいであるし、少し「社会人」の用法に似ている感じがするからできるだけ使いたくない。ともかく、一人暮らしをし、自分の給料で自分の生活をまかなう者として、はじめてこの町を歩いたわけである。間違いなく「オン」の場所だったところを「オフ」な気持ちでぶらぶらするのは新鮮だった。

夕食をとろうと思ったが、私は自分のふがいなさからガスの開栓はおろか炊飯器や電子レンジの購入すらしておらず、湯沸かし器があるので一応ラーメンを買ってはみたものの、食べずに寝ることにした。ちなみにガスがないので風呂にも入れず、風呂屋に行った。あの歌謡曲とまったく同じ状況…。

何の話かというと、私の母は料理をきちんと作る。隠し包丁とか、そういう技術的なところではなく、1日30品目はくだらないと思われる数の食材を使い、三食すべて、ビタミン、たんぱく質、炭水化物のバランスが整った数種類のおかずを作り、あまり加工食品を使わず、日々の食事を出す。私はカップラーメンやコンビニ弁当、スーパーのおそうざいを主菜として食べたことが一度もない。それが良いとか悪いとかいうのではなく、23年近く続けてきた当然の習慣なのだ。

一人暮らしをはじめたら自炊が面倒になるだろうと予想していたが、食事は面倒・面倒でない、というフェーズで語れる話ではなく、根はもっと深いところにあった。私は、自宅で食べるときは、きちんと作って食べなければだめなようだ。翌朝は6時半に起き(これはいつものこと)、自宅から持ってきた生野菜を切り、ツナ缶を開け、パンと紅茶に合わせた。食後にはりんごをかじった。私はこれといって料理好きというわけでもない。実家での習慣を一人でも遂行したかったというだけだ。そのあと職場に持っていく弁当を作った。といってもしょぼいサンドイッチしか、物理的に作れなかったが…。弁当も習慣である。もちろん外食は好きだけれど、お金がかかるし、職場の近くで弁当を買って食べる選択肢はそもそもないから、会社員生活を数カ月やるうちに勝手に定着した。実家では残り物を詰めていただけだったが…。

ちなみに、調理器具や火がなくともそれなりの食事は作れるものなのかと思うと、胸が静かに熱くなった。

ともかく、「私には買い食いの習慣がない」というのは、一人暮らし1日目で得た最大の発見だった。ちなみにプリンとかアイスは結構買って食べるけど。

あと、料理雑誌をいろいろ見てみたのだが、雑誌のつくりとしては「たべようび」が好きだが、料理の好みは断然NHKテキストがいいと思った。そういえば、1回行ってやめた料理教室でもらったレシピ本もまったく好みでなかった。「好きな料理」といえば「カレー」とか「ハンバーグ」とか、食べ物の種類でしか考えたことがなかったが、味付けとか使う食材、つまり料理法にも好みがあるものかと少し驚いた。

今のところは楽しいことしかない一人暮らしだが、今後、洗濯や掃除などの好きでないたぐいの家事をこなしたり、ホームシックに罹ったり、害虫と戦ったりすることを考えると気分が落ち込むし、特に金銭のことを考えると打ちひしがれる。

しかもこれ、ずっと続くんだよね…?